G.M.フォード「毒魔」読了

 忙しいような忙しくないような…なにやら中途半端な感じで気分的にすっきりしない日々、四月病?

Red Tide そういう中、読書による気分転換は不可欠である。
 昨晩、G.M.フォードのコーソ・シリーズ4作目、「毒魔」(新潮文庫)を読み終える。ページ数の割に厚さがなく、何となくずっしりと重い、と感じるのは私だけ?

 主人公コーソのイメージが、スティーヴン・セガールだということで、そのイメージに引っ張られてしまう人も多いときくこのシリーズだが、中身はなかなかである。この件については、あまり気にせず読んだ方がいいと思う。
 きっとフォードもS.セガールは忘れてくれと思っているに違いない。

 しかし、今回の話はネタが大き過ぎる。かといってスケールが大きいのかというとそうでもない。舞台もほとんどシアトルに限られている。
 発端は、シアトルのバスターミナルを襲った細菌によると思われるテロ、乗客など100人を超える人たちが瞬時に絶命する。その現場に忍び込んだコーソが見たのは、無残な横たわる死体の群れ、誰が何の目的で…。

 犯人が、ばらまいたのは遺伝子操作されて活性(このことばは正確でないかも)をスピードアップさせた出血熱ウィルスだった。
 一方、相棒の女性カメラマン、メグは、自宅近くで元恋人を見かけ、あとをつけるのだが…。

 そもそも、シアトルなの?とか、そんな遺伝子操作なんて簡単にできんのなどと考えていては、話は進まない。もちろんこれらのことに関して、それなりの答えは用意されているのだが、SF的ですらある。
 話はなかなか息をもつかせぬペースで進んでいく。とにかく人が死ぬ、通常のミステリでこれだけの人が死ぬことはまれではなかろうか?それに、結末へ向けてやや早急さを感じてしまった。
 それと、メグと元恋人の決着の付け方、さらにコーソとの関係など、もう少しやりようがあったような…ややもったいない感じ。
 もうひとつ、このタイトルは内容とあっていない気がする、原題”Red Tide”をそのままカタカナでいいと思う。

 だが、911以後に書かれたものとして、その祖国アメリカに対するアイロニカルな視点は、面白い。アラブ系の人たちに対するアメリカの姿勢、イスラームだけがアメリカを憎んでいるのではないこと、いくつもの点が共感を呼ぶ。
 
 ただ、ここまで風呂敷を広げてしまったら、次からどうすんだという心配もないではない。コーンウェルの検死官シリーズも4作目辺りから、話が大き過ぎて読む気がしなくなってしまったし…。

 次回は、ヘニング・マンケルの「目くらましの道」の予定。

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