A.ルースルンド/P.ヘルストレム「制裁」読了

ODJURET  ここのところ本当に暑い日が続いている。仕事は、世間のお盆休みの流れもあってか少し落ち着いる。
 しかしながら、多少自宅での作業もあったりするのと、疲れもあってか大人しく過ごすことに…。

 どたばたで落ちていた読書のペースも少しづつ盛り返してきた。そんな昨晩、アンデシュ・ルースルンド/ベリエ・ヘルストレム「制裁」(ランダムハウス講談社文庫)を読み終えた。

 これは、前回のA.クリーヴス 「大鴉の啼く冬」と一緒に新刊で購入したもの。ここの所は、古書店にもほとんど行ってない上に、Book ○ffへ行っても本の方へ意識が行かず、CDコーナー(100円および250円〜750円コーナーがメイン)をあさる日々である。どうやら物欲がCDの方に強く振れているようだ。

 で、「制裁」であるが、グラスニッケル賞最優秀北米犯罪小説賞という北欧のミステリー関連の賞を受賞した作品で、スウェーデンでベストセラーになった作品らしい。おおっ、スウェーデンといえば、最近はヘニング・マンケルであるが…。

 ストーリーは、収監中のスェーデン史上最悪の幼児性欲殺人者ルンドが逃走し、作家フレドリックの娘マリーを無残にも殺害する。娘を失い精神的に追いつめられていくフレドリックは、ルンドの殺害を計画する。
 別れた妻の父親の猟銃を手にしたフレドリックは、幼稚園の近くでルンドを見つけるのだが…。

 前半は、4年前に起こったルンドによる2人の少女の殺害からルンドの入れられている刑務所内の描写が続くのであるが、ちょっとそこら辺が長くていらいらするのであるが、これも結末のための布石だということは、中盤を過ぎた辺りで納得がいくようになっている。
 そのイライラは、翻訳の問題もあるのかも…、翻訳がいいのか悪いのかは不明なのであるが、何となく全体に流れが頭に入ってこないと感じたのは、私だけだろうか?

 悪くはないのであるが、ドキュメンタリー的なフィクションで、登場人物のいったい誰に感情移入すべきなのか迷っているうちにクライマックスが過ぎて、後半は予想通りの結末を迎えてしまった。
 死刑のないスェーデン法制度と命の尊厳や犯罪などの問題をえぐったなかなか重い作品である。正直なところ読む前に勝手にイメージしていた復讐譚とちょっと違っていた真面目な作品である。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中