F.ヴァルガス「論理は右手に」読了

Devils 巷は、秋葉原事件やらiPhoneやらレーザー・レーサーやら(同じレベルで語ってはいけないが)色々騒がしい状況だ。こちらは、落ち着いたようでもあり、忙しいようでもありのちょっと不思議な状態となっている。
 昨日は、9時過ぎに上がれたので丸ノ内線沿線の●ook Off2軒をはしごして、目的は本を探すつもりだったのだがなにもなく、CDを6枚も買ってしまった。金額は250円が1枚と500円が5枚、まずまずの買い物に満足。

 で、読書ネタである。前回の2冊のあとに1作品読んでいるのであるが、シリーズものということで、ちょっと書くのを棚上げにしている。それに「鼻行類」関連も同様となっているのではあるが…。
 なるべく新刊優先ということに勝手に決めて、昨晩読み終えたフレッド・ヴァルガスの「論理は右手に」(創元推理文庫)である。

 本作で、彼女の作品も3作目となる。今回は「死者を起こせ」に続く三聖人シリーズの第2作。

 今回は、3人とマルコの叔父さんの住む「ボロ館」が舞台ではないし、マルコとマタイのみの登場となる。
 お話は、引退した内務省調査員ケルヴェレールを中心に進んでいく。ケルヴェレールは、パリの街路樹の根元に落ちていた犬の糞の中から人間の足の骨らしきものを発見し、事件の匂いを嗅ぎつける。

 ケルヴェレールは、警察に行方不明者の情報を探るが、パリ近郊では該当者は見つからない。そこで、暇をしているマルコに地方新聞の記事を調べさせる。その調査でブルターニュの小さな村の老女の事故死に行き着くことに…。
 その村にはケルヴェレールの元恋人、その夫のタラソテラビーの所長、国会議員を兼任する村長、その村長の職を狙う男、訳の分からない機械アートを造る芸術家などが登場する。

 特に、前半のパリでの展開はちょっと何が起こっているのかよく分からない状態で、シリーズの主要人物はさっぱり活躍しない。そのせいか、ページめくりのスピードが上がらなかったが、ブルターニュは舞台が移ってからは、実質的な主人公がケルヴェレールであることが飲み込めてきたこともあって、こちらもペースがあがった。

 もちろん、事件の真相に至る展開ではミスディレクションやらケルヴェレールの過去やら意外な展開も合って、後半は楽しませてもらった。長さもお手ごろで、シリーズだが前作との関連は薄く、これから読んでも何の支障もない。
 あとがきにもあるが、次作は「ボロ館」と住人4人を活躍させてもらうといいのだが…。

 次は、ヴァランダーでおなじみのH.マンケルの傑作との評判も高い「タンゴ・ステップ」、なかなかいい感じである。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中