土屋隆夫『危険な童話』を読了

  日曜の夜に土屋隆夫『危険な童話』(光文社文庫)を読了。
前に読んだ結城昌治の『罠の中』とほぼおなじ年代の1961年の作品。

舞台は、長野県上田市、仮釈放となった男が音楽教室の教師江津子の家でナイフで刺されて殺される。警察は、状況から江津子を容疑者として操作を進めるのだが、かたいアリバイと見つからない凶器に阻まれるのであった。

上田署の木曾刑事は、江津子を拘束して取り調べを進めるが、アリバイ・凶器はおろか動機もアキ赤にすることができない。やがて、別に犯人が居るかのごとく犯人しか知らない事を記した別人の指紋が付きの手紙が送られてくる。

現在の捜査技術を使えば明らかになる部分もこの時代の技術では、事件解決の曖昧な緒にしかならない。木曾刑事の執念と地道な操作によって、一歩一歩謎が解かれていく。

各章の冒頭に挟まれる自殺した文学青年作の童話が鍵となる文学的な試みも…。そして、明らかにされる驚きの背景と悲しい過去。

アリバイも凶器消失のトリックも今となっては、ほとんど使うことが難しいものであるが、そのノスタルジーと交錯する登場人物の思いが、心に響く。

やや残念なのは、このカバーのデザインが?なところか。

広告

結城昌治 『罠の中』読了

 結城昌治の『罠の中』を昨晩読了。
 Amazonで入手したのが、1961年の初出、「新潮社 ポケット・ライブラリ」というポケミスみたいな判型のもので当時のお値段180円なり。巻末に松本清張『歪んだ複写』や佐野 洋『秘密パーティ』の広告が…。
 黄ばみはあるものの60年弱前とは思えない、きれいな状態で少しうれしい。
 60年代初期の作品で、長編3作目とのこと。

 罪を償った者たちの更生施設「新生会」の事業主である元警察官の矢次収造は、南方戦線のソロモンで戦った海軍陸戦隊の隊長だった。
 サブタイトルにある「刑余者更生会殺人事件」が示すようにこの矢次が経営する施設で事件が起こる。矢次は、補助金のピンはねをして私服を肥やす悪徳経営者なのであった。

 ある日、軍隊時代の部下であった森川耕作が借金の無心にやってくるが、心底ドケチの矢次は厳しく拒否するのであった。その直後、新生会の施設の柿の木でクビをくくって果てる森川。
 事件は、自殺として処理されるのだが、この後から矢次に対してヤマガミと名乗る男からゆすりが始まる。ネタは、終戦間際のソロモンで隊長の矢次と森川が瀕死の部下30名を見殺しにしたというものだった。
 もはや戦後ではなくなったはずではあるが、ここには戦争が影を落としている。
 矢次には、ヤマガミなる男に覚えはないが、根っからのケチと独善的な性格から追い込まれていく。
 それだけでなく、新生会で働く人物も癖が強〜いんじゃなやつばかりだし、妾のアキ等々なんとなく怪しい。ただひとりの味方?が事務員の頼りない野見六郎という始末。

 やがて第二の事件が起こる、矢次の長男啓一が絞殺されて発見される。どいつもこいつもアリバイがあるようでいて怪しい。色んな後ろめたさもあって夜も寝られなくなる矢次、追い打ちをかけるようにヤマガミからの電話がかかる。一体ヤマガミとは何者なのか?そして真犯人は…。

 物語の後半に入ってなんとなくコイツでは…と思わせる展開になってくるが、一応意外な人物の犯行であることが判明する。
 印象的なのは、エンディング一歩前までかわることのなかった矢次の独善的な態度がかわる最後の一文である。

J.A.オールスン『特捜部Q -自撮りする女たち-』読了

 思いの外、時間がかかってしまったが昨日、絶好調人気シリーズ第7弾、J.A.オールスン『特捜部Q -自撮りする女たち-』(ハヤカワ・ポケットミステリ)を読み終えた。
予定としてはGW中に読んでしまうつもりでいたのだが、玉川上水散策計画などもあったのと、前半の本格的に事が起こるまでの展開がグズグズで今ひとつピッチが上がらなかった。読み始めてから3分の1消化に時間がかかってしまった。

しかし、「女たち」が起こす最初の事件からは、トントン拍子?。それに特捜部Qメンバーのローセのこころを壊した過去にナチスの影までが絡んで、複雑な展開。とはいうもののページを捲るテンポは落ちることはなく一気にフィナーレへ向かって突き進んだ。
とにかく今回は、色んな意味で女たちである。出てくる女たちどいつもこいつも困ったちゃんで、前半のグズグズ感が一層強かったのだ、しかし後半その困った状態が、展開を面白くしてくれるだが…。

本作で、エキセントリックなローセのキャラクターを形作った背景が明らかにはなったが、この後、彼女がどうなるのか…相変わらず謎のままのアサドの正体、そしてカールのトラウマとなっている事件についても気になるだけ気になる状態で、自作へ…と続くのであった。どうやらまだまだ先は長そうである。

年末から今までにコナリーやら結城やら6作書いていないままの本が残っているのだが、それは積み残して、積ん読分へ進行する形になる。次は、引き続きマイブーム?結城昌治である。

結城昌治 郷原部長シリーズ3作読了。

GWの前半が終了。ベランダ・ガーデニングが恒例となっている、今のところ後半に葉物の種を蒔こうかと思っている程度。
天気にも恵まれたので、一昨日に「玉川上水散策」もできたし、読書も積ん読消化へ一歩前進中。

昨日はマイブームの結城昌治、ひげの郷原部長シリーズの未読分『ひげのある男たち』(東京文藝社)を読了。読み終えている『長い長い眠り』(カッパ・ノベルス)と『仲のいい死体』(角川文庫)とあわせて。
発表順からいうと『ひげのある男たち』(1959)、『長い長い眠り』(1960)、『仲のいい死体』(1961)になるが、入手のタイミングでその通りに読むことはできなかった。

 まずは、『ひげのある男たち』。四谷署の部長刑事ひげの郷原左門は、アパートで起こった若い女性の変死事件の捜査にあたる。
当初、自殺ではないかと見られた女性の死を殺人と考えた郷原部長。その捜査線上に「ひげの男」が浮かぶ上がってくる。そのうえ、関係者の中には複数の「ひげの男たち」が…。そのひげに混乱する捜査、やがて第2の殺人が発生しする。
最後は、意外な探偵役の出現と結末がおとずれるのであった。

 

 

 第2作『長い長い眠り』の発端は、神宮外苑の絵画館近くの林で見つかったひげのある男この死体。奇妙なことにネクタイとワイシャツに姿にもかかわらず下半身は下着のパンツのみ。
被害者の持っていた地図にあった埼玉の寺を訪ねる郷原部長は、被害者がメンバーであった俳句会に突き当たる。このメンバー間の怪しい男女関係と金銭のもつれ、どいつもこいつも怪しいやつばかり。
そして、第2の殺人が…。今回も意外な人物が探偵として一役買って結末へ。
本書は、初出のカッパ・ノベルスなので、挿画が真鍋博画伯というおまけ付き。

 

 

 そして、第3作が『仲のいい死体』。郷原部長は、警視庁をやめて山梨県警へ、赴任地は最近ぶどう畑から温泉が噴き出し、思わぬ賑わいを見せる「腰掛町」。
その温泉の持ち主の未亡人と派出所の巡査の死体が寺の境内で並んで見つかる。心中に見せかけたてはいるが、どうみても二人にそんな関係はないが、心中でかたをつけようとする上司にイマイチ無能な部下たち。そんな状況に本作では、遂にひげの郷原部長が探偵役を務めるのであった。
今回も関係者のどいつもこいつもが怪しいし、その上新たな殺人も起こる。いなかの濃厚な人間関係と欲が絡んですったもんだのうちに意外な結末が…。

スパイ小説やハードボイルドのイメージが強いのであるが、この郷原部長シリーズは郷原部長のキレのなさに始まり、妙ちくりんな事件といかがわしい背景が特徴のユーモアミステリ。
書かれた時代の風景に思いを馳せながら愉しめるシリーズ。順番通りに読まないとダメなこともないが、できればそれにこしたことはない。

A.インドリダソン『湖の男』(東京創元社)読了

 ここのところ年度がかわってひと段落している…というか、何も動いていないという状態。
ここぞとばかりに溜まっている積読本に取り組んでいる、とはいうものの既に読み終えている7冊分をほっぽらかしてなのだが…。

で、アーナルデュル・インドリダソン『湖の男』(東京創元社)である。
アイスランド警察刑事エーレンデュルシリーズの日本第4弾、前3作に続いて非常に重い、読後にずしりとくるうえにアイスランドの空のようその重い雲が晴れることはない。

干上がった湖の底から現れた白骨、頭蓋骨には穴が空き、それはソ連製の盗聴器が結び付けられていた。
その盗聴器から冷戦時代のスパイがらみの殺人か…と容易に想像がつくのだが、そう簡単には終わっるわけはない。
エーレンデュルたちの地道な捜査で少しづつ少しづつ「湖の男」の姿が見えてくる。その間に間に「湖の男」に結びつく 鉄のカーテンが引かれて間もない東ドイツのライプチヒでの学生生活が、描かれる。
共産主義の光と影が「湖の男」にまつわる悲しい人生を生み出していた。

少しづつ明かされる真実に読む側の気持ちははやるがのだが、その速度が上がることはない。根気強く進められるエーレンデュルたちの捜査に投げそうになる人もいつかもしれないが、それは毎度のこと。
やがて、積み重ねられた先に真実が姿をあらわすのだ。さらに、知らなかった冷戦時代のアイスランドという国についても少しだけ分かる。

今回も全3作と同様、読み応え十分だが、ただいわゆる読後のカタルシスはない。

河野典生『さらば、わが暗黒の日々』(集英社文庫)読了

 少し前に読了も書けていなかったもののその七、河野典生『さらば、わが暗黒の日々』(集英社文庫)。
とりあえずタイミングができたので続けてアップしておこう。

オリジナルは、昭和52年(1977)の双葉新書。
物語の舞台は、インドネシア・バリ島、州都デンパサールを仕事で訪れた旅行代理店社員の森田は、幾つかの怪しい組織の抗争の渦の中に巻き込まれていく。

たまたま前に読んだのが『ゴメスの名はゴメス』で、時代こそ違うが舞台は、東南アジア。そして、暗躍する組織…と違ってはいるが、やや錯綜しないでもない状況となってしまった。

やがて、森田自身が誘拐され、軟禁される。なぜ自分がこのような目に合わされるのか理解できずにいたのであるが、彼を送り込んだ人物の過去に、その秘密が隠されていた。
現地警察、民族音楽の楽団、オーストラリア人の富豪、そして日本で死んだはずの女…が絡んで、戦争の産物とも言える鍵を巡って、陰謀が繰り広げられるのであった。

主人公が誘拐されてからの展開が、ちょと物足りない気もする。今ならもっと暴力的で激しい展開になっていたかもしれない。
多少風景は変わっているかもしれないが、是非訪ねてみたくなった、この世界に近いものを感じられたら面白い。

高校だったかの頃、ラジオの朗読かドラマで同じ著者の『デンパサールの怪鳥』を聴いたことがあった。東南アジアへの日本企業の進出や旅行が本格的になっていった時期だったんだろう。

結城昌治『ゴメスの名はゴメス』(角川文庫)読了。

 風邪やら雪やら…書くと書いて書けていなかった少し前に読了もののその六、結城昌治『ゴメスの名はゴメス』(角川文庫)。
 これは昨年の青森出張の際の空き時間に書店でゲットしていたもの、お値段は100円也。

 1962年初出のスパイ小説である。たぶん結城作品の代表作の一つといえるだろう。
 タイトルには、強いインパクトがあって、いつとは言えないが、若い頃からずっと頭のなかに焼き付いていた。全くどうでもいい話であるが、”ゴメス”という名前を聞くと勝手に頭のなかで”…名はゴメス”となるくらいだ。

 舞台はベトナム紛争真っ只中のサイゴン(ホーチミン)が舞台。とにかく当時のベトナムはややこしい、ホーチミン率いる共産主義勢力、フランスが後ろ盾のバオダイ政権が北と南に並び立っている状態。
 さらに、腐敗の進んだバオダイ政権は、アメリカから煙たがられディン・ディエムを大統領に据えることになる。
 そんな状況の中、行方不明となった前任者香取の後を受けて当地に赴任してきた日南貿易の「わたし」。
 香取の身の回りの世話をしていたリエンという若い女、混血ダンサーのヴェラ、向かいのビルの会社の男、同じアパートに住む男…そして自分のアシスタントといった正体の知れない人間たちに、南国の熱気が当時の怪しいベトナムの雰囲気を煽る。
続きを読む

日影丈吉『真っ赤な子犬』(徳間文庫) 読了

 少し前に読了も書けていなかったもののその五、日影丈吉『真っ赤な子犬』(徳間文庫)。
 ここのところ結城・日影・笹沢・河野でまわしている感じになっている我が読書である。今回は日影丈吉。

 オリジナルは、昭和34年(1959)の桃源社版とのことで、1982年に徳間文庫化されたもの。
 生きる気力をなくした五ツ木守男が、自らのために用意した毒入りステーキ、それを元婚約者の父親である国務大臣が食べてしまった…というのが事件の始まり。
 関係者周辺に現れる赤い子犬とは一体…、さらに雪の中の軽井沢のホテルで五ツ木たちに関係する人物が殺される。

 ただ、この強烈な「赤い子犬」というタイトルのインパクトの割に、これまで読んだ氏の持ち味の幻想的でちょっとザワつくような雰囲気は、本書に期待するのは難しい。
 かといって物足りないかといえば、登場人物たちもなんとなくユーモラスで、会話も意外に軽妙で洒落ている。さらに日影氏のお得意の料理も少し織り込まれてちゃんと日影ミステリーとして愉しめる作品。

 お次は、青森でゲットの結城作品『ゴメス…』だ。

結城昌治『炎の終り』(角川文庫)読了。

 少し前に読了も書けていなかったもののその四、結城昌治『炎の終り』(角川文庫)。
 くどいようだが、昭和期ミステリーにハマっている、特に結城昌治がお気に入りである。

 この『炎の終り』は、日本のハードボイルドの嚆矢ともいえる私立探偵真木シリーズの第3作で、最終作。
 これまで同様真木は、失踪人の捜索を依頼される、今回の依頼人は引退状態の元女優青柳峰子。そして対象者はその娘由利。
 由利はヌードモデルなど派手な振る舞いで早めに見つけることができるのであるが、それをきっかけに殺人事件が起こっていく。

 いつものように事件の背景には歪んだ欲望や複雑な人間関係がうずまき、悲しい愛に生きた女優とひとりの男の過去が浮かび上がる。
 真木はその渦の中をさながら高見から見つけるがごとく淡々と真相へ進んでいく。
 これでシリーズが終わってしまうのが実にもったいない。この先も十分展開できる余地はあったと思うが、著者は真木を書ききったと下のかも知れない。

 車の普及、映画・芸能、薬物…新しいライフスタイル?今となっては当たり前であったり失われたりの者たちに時代の香りを感じながら楽しませてもらっている。
 そうしているうちに次も読み終えたので、また残りは3冊と変わらず。

結城昌治『あるフィルムの背景 ミステリ短篇傑作選』(ちくま文庫) 読了

  少し前に読了も書けていなかったもののその三、結城昌治『あるフィルムの背景』(ちくま文庫)。
 なんというタイミング!ちくま文庫から日下三蔵氏の編集でマイ・ブーム結城昌治の短編集が11月に出ていた。
 表題作は昭和38年(1963)の発表、その後1970年代に本書第一部の7編とともに短編集として角川文庫から出版されたもの。
 本書はさらに角川文庫の『葬式紳士』収録の4編と『温情判事』の表題作を追加したお得?な新編集版。

 これまで読んできた長編も気に入っているのだが、本書に収められた作品は手元でスッと伸びるというか、食い込むというか…終了間近な平成にあってもまさしくハマっている。
 腰巻きにある通り「ハマりすぎて緊急刊行 昭和に書かれていた極上イヤミス見つけちゃいました」なのである。

 表題作は、ブルーフィルム(いまでいう裏ビデオ)の妻に似た出演者を見てしまった検察官がその裏を探って見たものは…その他、レイプに対する思わぬ形での復讐、ネグレクトされた少年の心の闇、DVから老いへ至るまで半生をかけた復讐、研究者の富と名声にかける欲、とにかくどの作品も「極上のイヤミス」。

 ブルーフィルムやバスの車掌、前の東京オリンピックといった流石に書かれた時代のアイテムなどに時代を感じさせるものはあるが、登場する人物たちの欲望や心の闇は、現代社会でも錆びることはない。
 「極上のイヤミス」に偽りなし。

 書けていないのもあと3冊、いつ追いつくか…